「解釈」から染み出る出汁について 〜声優のライブ批判へのささやかな反論〜
=前説=
先日のアメトーク大会ありがとうございました。
みんながどんなものが好きで、どんなものがみんなを形作ってきたのか、
色々と教えてもらってすごく楽しかった!
本当にいろんな議論ができたと思っているんだけど
ただ・・・
私はまだ話し足りないことがある!!!
「食わず嫌いコンテンツ」欄でよく見かけた話題
「声優ってなんか受け付けないかも」
「声優ライブって本物ではないじゃん」
「ライブするならアイドルでいいじゃん」という意見。
わかるよ!!!
声優って「声」が名刺なので
別にイケメンや美少女でもなかったりするわけで
バラエティで炭治郎声の中年男性が
決め台詞を言って騒がれている瞬間とか、
本業アイドルではない容姿の人が
急に紅白で踊ったり歌ったりしているとき、
どう見ていいのかわからなくて
薄寒くなることあるよね。
わかるよ。
声優ファン歴15年以上になる私もゾワーってなる瞬間あるからね。
でも中学生時代〜大学くらいまで
声優コンテンツにどっぷり浸かっていた者として
ちょっとキモいっていう箱に片付けられてしまうのはちょっと悲しくてさ、
ちゃんとあの場で弁解できなかったのも悔しくて、
今回ご縁を結んだと思って、
私に擁護させて欲しい。
私はあんまり会話で論理的に伝えるのが得意ではないので、
このブログという場を借りて、
「一声優ファンが
何を求めてコンテンツを見ていて
声優コンテンツのどこが刺さるのか」
ちょっとお話しさせてください。
別に推しを作ってとか、布教したいとかそういうことではなく、
大反論したいわけでもなく
ちょっとでも
私の思考回路を理解してもらえたらとても嬉しい!
そんな文章です。
=私がコンテンツにおいて脳汁が出る瞬間=
声優の話をする前に、まず話したいのは
コンテンツを見ていて
何に心を掴まれるのかということ。
私は、予想や解釈を超えた表現と出会ったとき
脳にえも言われぬ衝撃が走る。
その瞬間を求めて、色々なコンテンツを消費している。
自分の偏見、思い込み、先入観を、
表現によって拡げられた瞬間
なんとも言えない脳汁が頭の中に湧き出てくるのだ。
余談だが、ここで私の世界の見方の話をしたい。
私は、世界は「解釈」でできていると思っている。
世界に置いて本質的な「事実」「真実」というのは、
それほど多くなく、
事象に対しての考えや解釈を、
人が歴史の中で紡いで
人間の「世界」は作られてきたと考えている。
そう考えるようになったきっかけは、理科の授業で光と色について習ったことだ。
人間と動物とでは、色の感覚が違っていて、人間の目に映る景色と
動物の目に映る景色は全然違うらしい。
動物によって見える景色が違うのであれば、
いま自分が見ている「世界」は絶対的なものではなく、
私の頭の中にしかその世界はないということになる。
それがあまりに自分にとっては衝撃で、
思えばそれ以来、「世界は解釈の集合体でできている」と捉えている気がする。
だからこそ、
全ての表現の旨みは解釈にこそある!
と考えている。
ある事象をその人がどう捉えて、どう表現するのか
その解釈を見られるのがコンテンツだからね。
(再び余談だけど、
だからこそ、概念を解釈して、
自分なりの答えを出しているコンテンツがだーいすき。
WE ARE LEADERS! ~リーダーってのもつらいもの~
(↑リンクエラーになるので飛んでYouTubeから見て)
これはモーニング娘。20周年の時に作られた記念ソング
WE ARE LEADERS! ~リーダーってのもつらいもの~
なのですが、歴代リーダーが「自分の体現したリーダー像」を歌い繋いでいく曲。
ポップで可愛い曲なのに、それぞれのリーダー像がモーニング娘。の「リーダー」という
概念を広げていっているところに感動して泣いてしまう。。。。
特に、スキャンダルでリーダーをわずか73日で退任したものの、
今もバラエティ最前線で戦っておられる3代目リーダー矢口真里さんの
『後輩たち見ててね 七転八倒で生きる私』という歌詞。
色んなことがあろうと、
長年芸能界で活躍する強さを背中で見せていて、かっこいい・・・ってなる。。。。
そして、8代目リーダー道重さゆみさん。
『リーダーってことはつまり グループの顔でもあるし 可愛くいなくちゃね』
「ビジュアル」よりも「歌のうまさ」が人気の指標となるモーニング娘。で
「可愛い」を前面に押し出して、モーニング娘。の歴史を塗り替えた感がグッときます)
=声優ライブの魅力とは=
余談が長くなりましたが、
そんな私が考える声優やライブの良さは、
声優が「解釈」の達人であること
だと思う。
漫画コンテンツが好きな人たちの一部は、
自分の好きなキャラクターのことを
ずーーーーっと考えている。
自分の好きなキャラクターを頭の中で立体的に動かそうと
必死に妄想する。
どんな声で話すのかな?どんなふうに動くのかな?みたいなことだけでなく、
漫画にすら書かれていない「余白」の部分、
例えば、
カバンの中には何を入れているのかな?とか
カフェでは
どこの席に座ってどんなものを頼むのかな?とか
カラオケに行ったら何を歌うのかな?とか
そんなことまで考えている!!!!
キモいね!!!
でもそうでもしないと、推しと同じ世界に生きていると思えないから
こっちも必死なんだよ!!!
そんなオタクにとって、声優っていうのは、
推しを一緒に解釈してくれて、かつそれを表現してくれる
〜♡𝑩𝒆𝒔𝒕 𝒇𝒓𝒊𝒆𝒏𝒅♡〜みたいなものなんだ。
声優さんは、その役を演じるため、
漫画や台本などに書かれていない余白をオタク以上に想像し、
役作りをして、声だけで表現している。
キャラクター解釈のプロってわけですよ。
オタクからしたら、自分だけでやっていた妄想の練り消しをコネコネするような作業を
向こうはプロとして、一緒にやってくれるんだよね。
オタクにとってこんな嬉しいことないんだよ!!!!!
オタクをやっていると
声優さんが発するたった一言の表現で、キャラクターや物語全体の解釈が
全く別の方向に広がったりすることが本当にたくさんある。
キャラクターの内面を探求して、納得する表現にするまで
どんな逡巡やもがきがあったんだろうと、
オタクは声優さんたちの長い旅路が想像できる。
もちろん声優アイドルコンテンツや、ライブをするとき
声優はビジュアル・ダンスや歌のプロではないから、
ほころびが見られることもある。
でも、彼ら・彼女らは自分たちの体を通して、
そのアイドルというキャラクターを最大限解釈して、
伝えようとしてくれていることが私たちは感じられる。
信じられないかもしれないけれど、その舞台に立つ姿が
キャラクターの具現化なんだ!と
本気で信じてしまう瞬間が
歌やダンス、アドリブや煽り、表情から
声優さんのライブにはあったりするのだ。
だからこそ、ちょっとビジュアルが「アイドル」ではなくても
ダンスがヘンテコでも、
私は声優さんが出してくれた
解釈の芽を、手を伸ばして掴みたい。
解釈からしか出てこない出汁を吸い取って生きていきたい。
声優コンテンツにしかない栄養があるんだもん。
最後に、
私が言いたいことの全てを
ギャグ漫画家・地獄のミサワが言ってくれてるので、これを読んでくれ!
ミサワがアイドルマスターというコンテンツのライブに行った時の漫画です↓
2本あるのでどっちも読んで。