田舎に泊まろう(四年)

オタクでありたい

生き方について考えた

 

この週末の余韻が、月曜の夜の今でもまだ残り続けている。

土曜日の朝、七月に日本に来たドイツ人の女子高校生と遊ぶ約束をしていて、会うことになった。ブロンドですらりとした長身の彼女は、現在インターンをしている会社の社長の娘さんで、おしゃれでかわいらしい。

彼女は今日ポロに連れて行ってくれると言って、私を誘ってくれたのだった。ポロなんて、ラルフローレンポロのロゴ以外何も知らなかったが、面白そうなのでついていくことにした。スポーツ観戦に違いはないので、甲子園の応援のようなイメージで、シャツとジーンズにスニーカーという動きやすい服装で出かけた。

会場に着いたとたん、私は大きな間違いを犯したことに気が付いた。真っ白なテントに、赤い絨毯、その上にはロールスロイスの展示。外国の雑誌で見るような、花柄のワンピースに大きな帽子。見たことないほど美しい女性や、さわやかにポロシャツを着こなした男性がいちごの入ったシャンパンを飲んでいた。映画マイ・フェア・レディに登場する競馬場の様に、美しい人が美しい服を着飾っている光景があった。

それに対して、自分のなんとみすぼらしいことよ。上に着ている紺のジャケットは、洗いすぎて白みがかっている。不慣れな場所に来たという自覚もあって、一気にみじめな思いが広がった。周りを見れば美青年ばかりで、初めてもうイケメンはいらないと思った。アジア人の平たい造形をした自分の顔がひどく醜く思えた。

「なんでも取って食べていいから、飲み物もタダだよ」と言う女子高生の慣れた様子もますます私を緊張させた。この夏に買ったという黄色いワンピースに黒いハイヒールが青い芝生によく映えていた。女子高生のほかに、その親友(男子)、女子高生の兄の親友&彼女、女子高生兄の彼女も会場にやってきた。肝心の兄抜きで、仲良く遊ぶ彼らの関係性の爽やかさと洗練された身のこなし、そして彼らが皆年下であるという事実に、ポロが始まる前から私の胸は締め付けられそうだった。

 

しかしそんな状態で見てもポロは面白かった。躍動する馬と人間が、激しくボールをめぐって戦う姿にうっとりとした。ポロは馬に乗ったままするホッケーのようなもので、もっと平たく言えばサッカーに近い。観客席の近くに馬が来るたびに地面が揺れ、観客が声援を挙げた。全速で走る馬の肉体の美しさに目を離せなくなる、はずだった。のだが、私は隣にいる二人を凝視した。

女子高生と自称親友が鼻をこすり合わせていた。

????????いいの????という気持ちになりながら、もう一方の隣を見た。

女子高生兄の親友とその彼女が深い口づけを交わしていた。その傍らで兄の彼女は、何事もない素振りで携帯をいじっていた。これはドイツでは普通なのだろうか。自分にとっては大問題が、なんでもないような扱いなので、ただ戸惑うことしかできなかった。

 

せっかく連れてきてもらったポロだったが、会場の華やかさと自分の周りで起こっている異性交遊にただあっけにとられるばかりで、それ以外のことをよく覚えていない。

 

ポロが終わって、彼らはホテルのバーに誘ってくれた。ティーンの彼らに「ホテルのバーで遊ぶ」という発想があることに驚いたし、自分たちで運転をしてホテルまで行く自立した様子にもただ感心するばかりだった。友達とお茶をして喜んでいる自分がひどく子供に思えた。

 

バーでは特に何もなくお開きになったのでこれで一日は終わった。日本では絶対に体験できないようなことをさせてもらったのにも関わらず、とてつもなくショックだった。

まず、世の中には見た目が素晴らしく、頭もよく、お金もあり、性格も申し分ないという人がいるという衝撃。あまりのキラキラぶりにインスタもびっくりだ。彼らと撮ったポロでの写真は驚くほど映えた。そんな人といるとすごいなあと思う前に、自分には何があるんだろうと考え込んでしまう。

一番悲しかったのは、おしゃれな場所に行っても、ほとんど楽しめずリア充になりきれなかったことだ。門限にうるさい父親がいなくなり、環境が変われば自動的にパーティーや飲み会といった場所を楽しめるようになると思っていた。私は「あえて」静かに、真面目に生きているが、その気になれば華やかな場所も行けるとのだと。しかし実際は、私はそのような場に全く馴染めなかった。劇研時代、ずっとオールができなかったこともあり絶対にそのような場が楽しいと信じていたが、人が多い場所は怖かった。苦手だとしても少しくらい楽しみたかった。しかし気持ちがついてこなかった。

 

なんでも楽しいと思えたほうが、人生は楽しいだろう。なんでも慣れたら楽しくなるのだろうか。だが面倒なことに、にぎやかな場所が苦手な自分を好きな自分も確かにいる。厭世的な生き方をかっこいと思うこともある。自分である限り、この中途半端な気持ちとしばらくは付き合うんだと思う。

 

たまらずもう無理と送った母からのlineが、これからへのヒントなのかなと思った。

「長いスパンでかんがえなさい、この一年まだあるんだから」という言葉でだいぶ楽になった。

少しずつ楽しいことが増えていくといいなあと思う次第である。